2000年4月5日。
午後2時半、僕を乗せた飛行機は上海・浦東国際空港に降り立った。
ターミナルを出ると、湿った春の空気の中に中国語のアナウンスが響く。
“欢迎来到上海!”(huānyíng lái dào Shànghǎi/ようこそ上海へ)
交通大学の職員が迎えに来てくれていて、
タクシーで市内へ向かう。車窓の外には高層ビルと古い家並みが交じり合い、
「ここから僕の一年が始まるのか」と思った。
大学に着くと手続きを済ませ、簡単な中国語のテストを受けた。
部屋は国際寮「桃李苑(Táolǐ Yuàn)」の6階。
二人部屋で、同室の留学生が笑って言った。
“你好!(nǐ hǎo/こんにちは)”
それが、僕にとって上海で聞いた最初の中国語だった。
翌日から授業が始まった。
朝8時半から90分授業が2コマ。
まだ耳が慣れず、先生の声が波のように聞こえる。
午後は居留証の手続きで衛生局へ。血液検査を受け、再検査で200元を払った。
慣れない生活の中で、少しずつ“外国で暮らす”という実感がわいてきた。
夕方、街の通信会社でインターネットの契約をした。
1か月27時間で100元。
“太贵了!(tài guì le/高いなぁ)”
と心の中でつぶやいた。
週末、少し余裕ができた。
ケンタッキーで夕食を取ることにした。
中国語では「肯德基(Kěndéjī)」という。
店員が笑顔で注文を取ってくれる。
“要一个套餐吗?”(yào yí gè tàocān ma/セットにしますか?)
僕がうなずくと、トレイの上にチキンとポテトが並んだ。
食べ慣れた味なのに、なぜかまったく違う国の料理のように感じられた。
4月の中旬、街で見かけた光景が忘れられない。
繁華街の片隅で、ボロボロの服を着た老人が二胡(èrhú)を弾いていた。
両目は見えないようだった。
人々が足元の椀に小銭を投げ入れていく。
僕はその音をただ黙って聞いていた。
“谢谢,谢谢……”(xièxie/ありがとう)
上海の華やかさの裏に、
もう一つの現実があることを、そのとき初めて知った。
授業の合間に、街の外文书店(wàiwén shūdiàn/外国語書店)へ出かけた。
「磁带(cídài/カセットテープ)」を買い、リスニングの練習を始める。
中国語の声調はまだ難しいけれど、
不思議と“音の美しさ”がわかるようになってきた。
4月の終わり、半年ぶりに上海大学の友人たちに会った。
久しぶりの再会を喜びながら、夜遅くまで話した。
別れ際に彼らが言った。
“朋友永远是朋友。”(péngyou yǒngyuǎn shì péngyou/友達はずっと友達だよ。)
その言葉を聞いたとき、
中国語が単なる外国語ではなく、
“人の心に触れる言葉”に変わった気がした。

今回の一言
“你好(nǐ hǎo)”——はじめての“こんにちは”。
言葉が通じた瞬間に、世界は少しだけ近くなる。
上海の春風のように、その響きはいまも心に残っている。