8月、上海の夏は本格的に暑くなる。
街を歩くだけで汗が流れ、アスファルトの熱気が足の裏から伝わってくる。
蝉の声と、遠くを走るバイクの音。
あの年の上海は、いつも音で満ちていた。
一時帰国を終えて、再び上海に戻った日。
空港を出ると、むっとするような熱気が迎えてくれた8。
大学に戻り、荷物を整理すると、すぐに友人の梁舒(Liáng Shū)に電話をかけた。
我回来了!(wǒ huílái le/戻ってきたよ!)
彼の声は電話越しでも明るかった。
「明天见!(míngtiān jiàn/明日会おう!)」
たったそれだけで、また上海の生活が戻ってきた気がした。
翌日、梁舒の家を訪ねた。
古い通りに並ぶ住宅——低い屋根と風の抜ける細い路地。
まるで時間が止まっているような場所だった。
彼は笑いながら言った。
这是老房子。(zhè shì lǎo fángzi/これが古い家なんだ。)
「老房子(lǎofángzi)」という言葉には、
“古いけれど人の温もりが残る家”という響きがある。
壁の塗装はところどころ剥がれているけれど、
窓辺には花が置かれ、家族の声が聞こえてくる。
その風景の中に、中国の日常の強さと優しさを感じた。
数日後、友人のイエ・ヤーニー(Yè Yǎnní)の誕生日パーティーに招かれた。
彼女は上海外国語大学でフランス語を専攻している学生で、
会場には多くの若者が集まっていた。
テーブルの上にはケーキと飲み物、
そしてスピーカーから流れるポップス。
誰かがロウソクに火をつけると、自然に声が上がった。
祝你生日快乐!(zhù nǐ shēngrì kuàilè/お誕生日おめでとう!)
中国語のリズムは、どこか歌のようだ。
皆が一斉に笑い合う中で、僕も声を合わせた。
この“祝(zhù)”という字には、“願う・祈る”という意味がある。
その一音の中に、人と人のあたたかさがこもっているように感じた。
パーティーの帰り道、夜の上海はまだ熱を帯びていた。
路地の明かりがオレンジ色に滲み、
屋台では遅い夕食を取る人たちの笑い声が響いている。
ふと耳にした会話が印象に残った。
热吗?(rè ma/暑い?)
有一点儿,不过挺好。(yǒu yīdiǎnr, búguò tǐng hǎo/ちょっとね。でも悪くないよ。)
そうだ、暑いけれど悪くない。
人の声が生きている街の暑さは、不思議と心地よかった。
部屋に戻り、ノートを開いて書いた。
老房子、朋友、生日。
(温もりのある家、友達、誕生日。)
この3つの言葉が、その日の上海をよく表していた。
どれも温度を持った言葉だ。

今回の一言
“祝你生日快乐(zhù nǐ shēngrì kuàilè)”——おめでとう、の中にある“願い”の音。
言葉は挨拶ではなく、相手の幸せをそっと願う気持ち。
その気持ちこそが、中国語のいちばん美しいところだと思う。