
2004年3月20日 無錫
いよいよ結婚式当日。この日のスケジュールを整理すると次の通り。無錫市内の許贇の新居→馬山の実家→馬山のホテルで披露宴→太湖のほとりでおしゃべり→夜は馬山の実家で再び祝宴。
長い1日のスタートだ。

午前7時半。忙しそうに携帯電話で式場や友人と連絡をとりあう許贇。 |

無錫市内の許贇の新居へ。友人が爆竹を鳴らし祝福する。 |

高校時代の友人が許贇の新居へやってきた
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準備していた約10台の車に乗り込み、実家の馬山へ向かう |

実家の馬山へ向かう、僕らの車列。 |

許贇の実家でも爆竹を鳴らし、結婚を祝う |

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3年ぶりに許贇の父親と再会。風邪で体を悪くしていたが、結婚式に出席するために病院から実家へ帰ってきた |
賑わう許贇の実家の前
夜の祝宴のために昼前から料理の準備をする

美しく花で飾った車列
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当日はあいにくの雨
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実家をあとにし、いよいよ披露宴の会場のホテルへむかった。

馬山にある「桃源山庄」というホテルで披露宴があった |

友人や会社の同僚、親戚が出席して盛大に行われた披露宴 |

僕は前日練習した原稿を片手に友人代表挨拶をした |

許贇が挨拶、「まずは僕をここまで育ててくれた両親に感謝しないといけない」 |
許贇の挨拶に耳を傾ける両親。何を考えているのだろう?

乾杯!
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食事を囲む両家
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中国の結婚披露宴では全てのテーブルを回り、祝いの酒を酌み交わす
披露宴が終り、僕らは太湖のほとりの茶館に行った。太湖は中国で3番目に大きい湖で、日本の琵琶湖の5倍の大きさ。この茶館は湖に出っ張るように作られていて、湖に船で浮いているような不思議な感じがする。僕には湖というより、広さに圧倒されて”海”のようにしか思えないけど。

酒の後は、お茶で休憩をした |

日本人の友達と石投げをして遊ぶ |
夜は再び、許贇の実家で宴会。昼前から準備していたご馳走が次々と出てくる。

食べきれないほど並んだご馳走の数々。 |

巨大な鍋で約30人分の料理を作る |

2004年3月21日 別れの日
結婚式の翌日、皆に見送られて僕は馬山をあとにした。別れのときは、正直、悲しい気持ちというよりも、感謝とお礼の気持ちでいっぱいだった。

許贇の祖母88歳、3年ぶりだったが、しっかりと僕のことを覚えてくれていた |

許贇の両親が僕に、「両親によろしくね!」 |

許贇の親戚が、「今度キミが来るのを楽しみに待っているからな〜」と僕の肩を叩き見送ってくれた。 |

「上海に着いたら連絡するから」と僕は許贇に告げ、馬山をあとにした。本当はもっとお礼の言葉をかけたかったけど・・・。 |
→南京路を歩く(上海)
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