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2001年2月15日〜17日

2001年2月16日(金) 前日 次へ

南京大虐殺紀念館(侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館)
 南京に来て2日目、市街地の西にある「侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館」、通称南京大虐殺紀念館に行った。日本人としてまた僕自身、この場所に足を運ぶことはとても気が重い。しかし、せっかく南京に来たのなら、自分の目で見ておきたい。また今回、南京の旅を選んだ目的もこの紀念館を訪れるためであったから。10元(140円)の入場券を買って、 門を目の前にすると、すごく重い空気を感じた。豊かで平和な暮らしを送っていると思っている日本人だけれども、南京の人々の心の中には過去の日本人の行ってきたことが今もなお傷深く残っている、。戦争を体験していない若い世代の中国人(南京人)は、それほどまで日本人を悪く思っていなくても、ある程度年配の中国人が日本に対して、嫌悪感を抱くのは当たり前なのだろう。未来を見つめるためにも、この施設を訪れることは意義深い。長崎・広島原爆の悲惨さは知っていても、日本の歴史の教科書では教えられない事実がここにはある。


紀念館の入り口左側。
1937.12.13-1938.1の文字。

南京駅に到着

入り口を入り、右を見ると「前事不忘 後事之師 従史為釜 開創未来」の文字が目に入る。おそらく、意味は「過去のことを忘れずに,将来の教訓とする、歴史をもとに未来を切り開く」そういうことだろう。この文字を見ながら左に階段を上ると、目の前が「墓地広場」になる。墓にあるような白い石が一面に敷き詰めてあり、寂しい雰囲気、至る所に受難記念碑が置いてある。全ての碑は中国語・英語・日本語で説明が書かれてある。例えば、一番初めの墓地広場を見下ろす所にある碑には、次のように書かれてある。「平らな屋根から広場を見下ろすと、月形の石がいっぱい敷き詰めてあり、 草も生えていないし、木も枯れ、寂しい雰囲気が立ち込めている。 卵月形の石は無数の白骨を意味し…(途中略)崩れて荒れ果てたような形をしている塀に、受難、虐殺、弔うという三組の 大型レリーフがはめてあり、それによって芸術的な方法で日本軍の犯した虐殺、放火、強姦、略奪という数々の暴行を再現している。」

墓地広場の階段を下りて、歩きながら、一つ一つの碑に目を通す。「19**年にどこで、日本軍が**行為をし、**人の中国人が犠牲になった。」日本軍による虐殺行為の詳細が書いてある。正直言うと、過去の日本人が本当にやったのかと疑ってしまうほどの内容である。


入り口を入ってすぐ右側に書かれている、
「前事不忘 後事之師 従史為釜 開創未来」

墓地広場、「平らな屋根から広場を見下ろすと、月形の石がいっぱい敷き詰めてあり、 草も生えていないし、木も枯れ、寂しい雰囲気が立ち込めている。 卵月形の石は無数の白骨を意味し…」写真の下に写っている記念碑にはそう刻まれている。

墓地広場で一つ一つの碑をゆっくりと読んでいると、約60年前にここ南京であった生々しい事実が思い起こされて、日本人として複雑な気持ちになってくる。この南京大虐殺紀念館は不思議な空間だ。とても静かで、鳥が羽ばたく音しか聞こえない、あたかもタイムスリップしたような感じで… しかも空気が非常に重たい。墓地広場を半周すると、棺おけの形をした建物が目に入る。これは遭難同胞遺骨陳列室で、当時、犠牲になった中国人の一部の遺骨が陳列してある。 入り口には日中友好の団体や日本から修学旅行で訪れた人たちが寄せた千羽鶴が掛けてあり、平和へのメッセージが添えられてある。


墓地広場の塀に埋め込まれたレリーフの1つ「受難」
「このレリーフは歴史的写真に基づいて芸術的な方法で1937年南京が陥った時の風景を再現している。驚き恐れて幼いわが子をかばっている母親もいるし、捜索され縛られて、虐殺地に連行されている民衆と捕虜もいる。また攻略され壊されてしまった南京の城門も見える。」(記念碑に書かれた説明より)

墓地広場の次は「遭難同胞遺骨陳列室」
建物の外観は"棺おけ"の形をイメージしている

遭難同胞遺骨陳列室の中は暗く、寒気がするくらい冷気が漂っている

陳列されてある遺骨の一部。これを見て何を思えばいいのだろうか?ふと考え込んでしまった。

日中友好の団体や日本から修学旅行で訪れた人たちが贈った千羽鶴。 「二度と繰り返してはいけない。」という平和のメッセージが添えられている。

ガラスの向こうには人骨が安置されていて、ガラスの上部に掛けられたパネルはその人骨の分析と解説。ガラスの向こうを拡大した写真が左下。

南京大虐殺で犠牲になった中国人の人骨を科学的に分析し、例えば、頭蓋骨の部分を日本軍の刀が貫通しているなどと、衝撃的な解説がある。

南京大虐殺に関わり、現在は自ら反省と謝罪で当時の事実を証言する日本人、東史郎(故人)。日本のメディアはあまり取り上げないので、日本人はこの人物を知らないが、中国人は皆知っているし、この話題になると中国のメディアに必ず登場する。

この後は「史料館」が続くが、ここからの撮影は禁止されているので、写真はここまで。史料館には南京侵攻の解説や昔の日本軍の武器の展示、生々しい当時の体験者の告白から、ありとあらゆる写真。特に写真は衝撃的だった。虐殺地に運ばれる南京の人々、日本軍が刀を振り上げて、南京人の首を切る瞬間、そこには怖いもの無しで偉そうに振舞う旧日本軍の姿が写っていた。

現在の中国人が日本人に対して抱くもやもやとした気持ちは、おそらくここ2、30年は消えることは無いだろう。どれだけ、日本が中国を経済援助をしたとしても、歴史的事実は人々の心をそう簡単には癒せないだろうから。

来年で日中国交正常化30周年、日本人としてできることは、ただ過去に行ってきた過ちを素直に受け入れ、事実として認めるしかない。そして同じ過ちを繰り返さないためにも、後世に歴史を語り継ぐべきだろう。しかし実際、その歴史的事実を知りうる手段は難しい。なぜなら、多くの事実を日本の歴史の教科書では教えてくれないから。昔の日本人がやってきた事なのにどうして、現在の日本人が中国人に悪く思われないといけないのだろうか?そういうもどかしさも残る。

南京大虐殺紀念館(侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館)の入口に大きく刻まれている「前事不忘 後事之師 従史為釜 開創未来」 の文字はおそらく中国人の心を代弁しているのだろう。 僕自身、今はできるだけ多くの中国人と交流し、信頼関係を築くことがとりあえず、今一番できることかな…。

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